古澤 満コラム私は子供のころからラマルクの“獲得形質の遺伝”に興味を持ち、進化を目の前で見ることが夢であった 古澤 満 古澤 満
 

この9月で満79歳になりました。戦中・戦後のあの飢餓状態を考えますとよくここまで生きながらえたと思います。ところが、私の同世代はいまも現役で活躍している方々も多く、わが国の平均寿命の向上に貢献しています。そういえば、線虫やマウス、霊長類では、幼生期や幼若期に飢餓状態を経験すると長命になることがわかっています。実感として妙に頷けるものがあります。

75歳で退職してから西宮市の自宅で暮らしています。瀬戸内海と六甲山の西麓に囲まれた温和な地です。この4年間に得た"体験的加齢医学"の結論は、「筋肉と脳は結構"アホウ"である」というものです。

近くの室内テニス・スクールに週2回通い、毎水曜日は屋外コートで仲間と2時間の試合を楽しんでいます。冬はテニスのほかに、北海道・東北・信州と計5回ほどスキー旅行に行きます。身長と体重は青年時代とほとんど変わらないのに、昔あつらえたスーツが狭くて着れなくなりました。筋肉が付いたのです。肩の三角筋と大胸筋、下部の外腹斜筋、前脛骨筋と下腿三頭筋、大腿四頭筋などが今までにないほど付いてきています。次に心筋ですが、もともと心肺機能が高い方ではなく、若いときの安静時の脈拍数は1分間に70前後でした。 ところが、最近は50台後半に落ち着き、いわゆるアスリート型に変わりつつあります。以上の結果から、70歳の後半になっても筋肉系は鍛えれば鍛えるほど強くなると結論できます。

一般に加齢ともに臓器機能は低下しますが、脳はどうやら別のようです。人名や固有名詞は年齢とともに確実に忘れっぽくなりますが、気のせいか、洞察力や統括力のようなものがついてきたような気がします。その理由は、加齢によって多くの知識や記憶が強制的に棄却されることで、脳内に使用可能なスペースができたからだと解釈しています。わざわいごとに邪魔されずに物事に集中できる余裕ができたのも一因でしょう。

最近、懸案のレビューを新刊の電子ジャーナルに発表しました。「生物には"セントラルドグマ"とは別に、DNA二重らせんの両鎖の違いを識別し、DNA複製とカップリングして高次の生命活動を多面的にコントロールする分子機構がある」という新パラダイムを提唱したもので、数理的考察を含んでいます(Open Journal of Genetics Vol.1, No.3, 2011:印刷中)。私はもともと数理に弱く、それにものぐさな性格ですから、科学よりは芸術に向いていると思い込んでいました。ところが、退職して解放された状況に置かれますと、想像以上に読書好き、科学好きである自分を発見しました。また、苦手な数理分野も私流に何とか理解できるようになりました。

以上をまとめますと、ヒトの器官は年齢に見合った老化の道をたどるが、筋肉系と脳は例外で、おだてればいつまでも張り切って頑張ってしまう"お人よし"(="アホウ";一種の親愛の情を表わす関西弁)であると言えます。

確か、現代のオピニオンリーダーの一人であるロジャー・ペンローズの言葉だったと記憶していますが、「若いころは数学を、その後は理論物理学を研究し、老後になって哲学者になった」という意味のことを述べています。氏は今年80歳です。科学は芸術や文学と同じで一生を通してする仕事だと思います。定年退職は科学者の終わりではありません。科学する心をもち続けるかぎり、歳をとっても科学者としての知的奇心を充たすことができることに気づきました。


2011 年 12月 15日
古澤 満
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第2回  『進化と時間を考える ― 続き ―』
第3回  『遺伝とDNA』
第4回  『エル・エスコリアル サマーコース』
第5回  『生物を支配する法則を探る ― 元本保証の多様性拡大 ―』
第6回  『生物を支配する法則を探る ― 保守と革新のカップリング ―』
第7回  『進化を目の前に見る事は可能か? ― @プロローグ ―』
第8回  『進化を目の前に見る事は可能か? ― A偶然の出会いときっかけ ―』
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