古澤 満コラム私は子供のころからラマルクの“獲得形質の遺伝”に興味を持ち、進化を目の前で見ることが夢であった 古澤 満 古澤 満
 

今まで赤道を越えたことがありませんので、一度は南半球に行きたいと思っていました。どうせ行くならオーストラリア、それも最南端のタスマニア島に渡って進化論的にユニークな自然を体感したいと思い立ちました。家族で2月12日に関西国際空港を立ち、香港経由でメルボルン着。メルボルン港から6日間の船旅を楽しみました。乗船したGolden Princes号は108,865トンの巨大客船で、客層はメルボルン在住のご老人が多く、さながら“動く老人ホーム”と言ったところでした。船内はカジノを始め各種娯楽設備やエンターテインメントも用意されており、キャビンも、食事もお酒も満足できました。久し振りに正装してフォーマルな夕食にも臨みました。

旅行の目的の一つはタスマニアン・デビルという誠に愛すべき地上最大の肉食有袋類にお目にかかることでした。体は子犬ほどですが子熊のように可愛い顔のわりには獰猛なことで知られ、お互いが出会うとすぐ噛み付く習性があり、それが災いして、感染性の癌により一時は500頭ぐらいに激減したそうです。この稀有な感染性の癌の発生は、集団が極めて小さく個体間の遺伝学的差異が少ないため、免疫反応が働かないためだと説明されています。(“うつる癌”の例として、犬のペニスに着く癌が知られています。)国際的な保護活動の結果、現在は全島で数千頭ぐらいに回復しているそうです。今回は、通常の動物園ではなく、UNZOO (unusual zoo) や保護施設を尋ねて、長時間をかけて至近距離でつぶさにデビル達有袋類を観察できました。最近の研究では、20年間に急速進化したとして話題になっている動物でもあります(NATURE COMMUNICATIONS |7:12684|DOI:10.1038/ncomms12684)。丁度、餌やリの時間に遭遇し、骨付き肉を奪い合う姿とかみ切るときのどう猛さ、口を開けた時の鋭い歯並びには恐怖さえ覚えました。これでもカンガルーやコアラ、ウォンバットと同じ有袋類なのか? 道理で、柵の看板に『We bite!!』とありました。

島の東岸にあるポートアーサーのUNZOOには、種類こそ少ないですが、カンガルーなど直接手で触っていいようになっていますので、つい時の経つのも忘れてしまいました。小部屋を挟んだ二重の木の扉を開けると、何十頭というカンガルーとワラビーが間近に集まってこちらを向いているのには驚かされました。体の何処を触っても平気で、特に顎の下がお気に入りのようでした。

またお決まりの観光コースである、本土のフィリップアイランドのコガタペンギン(背丈は30〜40cm)のパレードは本当にかわいくて一見の価値があります。夕方8時半ごろ大波に乗って砂浜に数匹の群れをつくって上陸する姿は痛々しくもあり、凛々しくもあります。その勇気を称えたくなります。そして、砂浜を少し歩いてから、草の生えている小高い急こう配の丘を登る姿にはエールを送りたくなります。最後に行列を作って、尾瀬にあるような木製の歩道の真横の道をよちよち歩く姿は最高です。時々、グループが立ち止まって一斉に首をかしげながら我々を見上げている様子は、どちらが観察されているのか分からなくなります。巣にたどり着いた親たちは子供たちに餌を与え翌朝まで眠りに着きます。

私はここ約4分の1世紀、進化のメカニズムの理論的研究を行ってきました。進化の聖地の一つでもあるオーストラリア大陸を訪れて、何か感ずるものがあるかを期待して今回の旅行に臨みました。有袋類をつぶさに観察し、ユーカリに充ちた森林を見て、進化は軽々しくは語れないことを再認識しました。一方で、我々が今日目にするすべての生物種は何十億年も前にたった一種類のバクテリア様生物から出発したという事実は、進化のメカニズムは簡単で、すべての生物に共通するものであるに違いないという私の信念が正しいものであることも再確信できたと思います。一般的に言って、理論は簡単なほどその応用範囲が広いことは間違いありません。船旅の間私の頭の中では、進化は生物学の聖域であるので軽々には語れないという部分と、不均衡進化理論の単純なコンセプトの間を行き来していました。帰国した早々、大学の共同研究者から、大腸菌の進化加速実験に関する経過報告の電話がかかってきて、早々と日常の世界に引き戻されました。デビルの顔(写真)を時々頭に浮かべながら研究を続けることになるでしょう。

2017年2月23日
古澤 満
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第1回 『進化と時間を考える』
第2回 『進化と時間を考える ― 続き ―』
第3回 『遺伝とDNA』
第4回 『エル・エスコリアル サマーコース』
第5回 『生物を支配する法則を探る ― 元本保証の多様性拡大 ―』
第6回 『生物を支配する法則を探る ― 保守と革新のカップリング ―』
第7回 『進化を目の前に見る事は可能か? ― @プロローグ ―』
第8回 『進化を目の前に見る事は可能か? ― A偶然の出会いときっかけ ―』
第9回 『目の位置
第10回 『S氏の事』
第11回 『外国を知る』
第12回 『私とスポーツ ー野球・空手ー』
第13回 『私とスポーツ ースキー・ヨット・テニス―』
第14回 『大学での研究を振り返って』
第15回 『進化学と思考法』
第16回 『東電第一原子力発電所の事故と男の友情』
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第18回 『分子生物学の新しいパラダイム』
第19回 『往年の名テニスプレーヤー清水善造氏との出会い』
第20回 『芸術と科学』
第21回 『心に残った重大な出来事』
第22回 『自然科学と進化研究』
第23回 『ガードンさん、ジーンさんノーベル賞受賞おめでとうございます。
第24回 『競技場内研究者』
第25回 『文系と理系』
第26回 『人生ままならぬ』
第27回 『STAP細胞仮説は科学の仮説ではない』
第28回 『人は一生で2回以上死ぬ!?』
第29回 『多様性と進化のパラドックス』
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第31回 『熱帯多雨林に多種類の生物が密集している理由』
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